Chocolat Culte

チョコレート崇拝

ラ・メゾン・デュ・ショコラの創始者 ― ロベール・ランクス
神話が伝説になるとき

チョコレート崇拝の創唱者、ロベール・ランクス

 

1970年代の終わりに、ラ・メゾン・デュ・ショコラの創始者であるロベール・ランクスは、新たな視点からチョコレートの世界を解き明かしました。味わいの大切さを創唱し、その先駆者でもあったランクスは、彼の後に続くたくさんのショコラティエ達に刺激と影響を与えました。チョコレートの持つさまざまな風味がまるで音楽作品のように整然とまとめ上げられた味わいを、究極の理想に掲げ、それまで誰も持ったことがない独特の感覚を研ぎ澄ませ、身に付けたのです。
 
自分の技に全身全霊を捧げ、現在では先見の明を持った存在と考えられているロベール・ランクスは、1977年にフォブール・サントノレに第一号店をオープンし、「ラ・メゾン・デュ・ショコラ」と命名しました。チョコレートがフランスでイースターとクリスマスのプレゼント用スイーツとみなされていた時代に、枠にとらわれない直観力のあるクリエイターとしてロベール・ランクスが決然と示したダークチョコレート礼賛の姿勢は、穏やかで -そして甘さにどっぷりと浸かった- チョコレートの世界に大きな一石を投じました。
 
「ガナッシュの魔術師」と称えられるロベール・ランクスは、チョコレートを際立って優れた原材料という地位にまで高めました。彼はその繊細さを遺憾なく発揮し、生クリームを混ぜることでとろけるようなテクスチャーを生み出し、これを薄いチョコレートの層でコーティングしたガナッシュを作り上げました。
 
彼のチョコレート作りの秘訣の一つは、他の人々がそれまでしなかったことをしたということです。甘さを控えて、砂糖と生クリームの過度な使用のない洗練された大人の品格を持たせることで、チョコレートの持つ別の一面を味わうことができるようにしたのです。
ロベール・ランクスはチョコレートのブレンドをさらに洗練させ、常に安定した味を生み出すよう入念な準備の元に取り組み、また、当時にあっては全く斬新な方法で質の高い天然の原材料を厳選しました。彼は熟練の技を発揮し、チョコレートに初めてフルーツやハーブを組み合せて、数々の思いがけない新鮮な香りを生み出しました。フランボワーズ、ミント、レモンは、なんとも軽やかに香ってその存在をアピールします。人々は熱狂しました。ロベール・ランクスは、斬新な味わいのチョコレートや、フランスでのダークチョコレート崇拝の起源、チョコレート自身に感動を表現させる洗練された味わいの芸術を、彼の信奉者たちに残したのです。以後、チョコレート作りは高級ワイン作りにたとえられるようになります。力強さ、まろやかさ、なめらかで余韻のある風味、見るからにおいしそうなフォンダン、などの形容、さらには甘美な、しっかりとした、コクのあるといったニュアンスが語られるようになるのです。これで方向性は定まりました。
 
ロベール・ランクス以後、チョコレートはかじるものではなく、全く新しい方法で「味わう」ものになったのです。ランクスは、ガナッシュの名を大いに高めた偉大な存在として、人々の記憶に長く刻まれることになります。
 

 

時代を揺さぶり、斬新さを創り上げる

ロベール・ランクスが夢の実現へ向けて動き出し、チョコレートに対する自分の理想を現実のものとするのは、だいぶ後になってからです。注目を集めた「フォブール」進出の際には、彼独自の新しい姿勢をはっきりと打ち出します。
洗練とはこうあるべきという彼の理想が店内の隅々まで行き渡ったフォブール・サントノレ225番地は、チョコレートの新たなメッカとなり、パリジャンたちの間に大きな反響を呼び起こします。彼が執着したのは、表舞台に飛び出して時代を揺さぶり、斬新さを創り上げること、そして自分の本領を存分に発揮してみせることでした。そして甘いお菓子の伝統的イメージに刺激を与え続けます。淡い色のサテンリボンを結んだパステルカラーのボンボンブティックはおしまいです。ランクスは20世紀のチョコレートのあるべき姿に先鞭をつけ、自分にそっくりのブティック、すなわち妥協を排した完璧なブティックを創ります。そこに反映されているのは、クリームや砂糖の虚飾から解放された、それまでとは異なる、新しく、純粋で気品あるチョコレートの姿です。

 

フランス製チョコレートの最高のアンバサダー

 

ロベール・ランクスはチョコレートの歴史の中で初めて、国内だけでなく広く海外にもフランス製のチョコレートの優位性を知らしめます。頻繁に外国へ行って自分の熟練技を披露します。彼自身が誰よりも早く世界をかけめぐって、会う人々にチョコレートの繊細さを伝えているのです。フランス流のチョコートが世界各地でもてはやされ、国際的名声を勝ち得ているのも、そうした彼の活動のおかげです。なかなか行きにくい場所も含め、長い年月にわたって、ガナッシュやプラリネの秘密を説いてまわったロベール・ランクスは、フランス製チョコレートの最高のアンバサダーでした。彼から直接手ほどきを受けたすべての人々は、そのときのことを感動に満ちた思い出として覚えています。
 
 

 

チョコレート崇拝

ロベール・ランクスは1990年にニューヨークの73番通りに海外第一号店をオープンし、これが海外進出の出発点となります。以後、新しい国に進出するたびにさまざまな経験をし、それがチョコレートの名声を高めるうえで文化的に決定的な役割を果たします。東京、ロンドン、香港は、それぞれの一等地にラ・メゾン・デュ・ショコラを迎え入れます。

 

おいしいとすばらしいを見分け、すばらしいと並外れたを見分ける

 

指導者であり、新しい市場のパイオニアであるロベール・ランクスとそのチョコレートは、たちまち熱狂を呼び起こします。ラ・メゾン・デュ・ショコラは、先駆者としてこれらの都市に出店した初のフランスブランドとなります。また、ラ・メゾン・デュ・ショコラは現地の多くの見習い職人にも影響を及ぼしており、職人たちはロベール・ランクスの教えを受けてそこから着想を得ようと、遠路をものともせずにフォブールのブティックの地下にあるアトリエまでやってきます。
 
成功を手にしたラ・メゾン・デュ・ショコラは、2000年にコルベール委員会のメンバーとなります。こうしてラ・メゾン・デュ・ショコラは、フランス流「アール・ド・ヴィーヴル(生活美学)」を世界に広めている高級ブランドの仲間入りを果たします。以後、ラ・メゾン・デュ・ショコラは、フランスの文化と熟練技を象徴する花形的存在である高級ブランドのオートクチュール、ジュエリー、香水、ワインやブランデーと並んで、その高い文化的価値を海外に発信していきます。ロベール・ランクスは、チョコレートに対する自分の理想を、なくてはならないフランスの価値にまで高めたのです。

 

ROBERT LINXE
チョコレート崇拝の創唱者、ロベール・ランクス
Robert et Gisèle Linxe